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更新日: 2016年6月28日
須須神社

須須神社は日本海側一帯の守護神とされ、第10代祟神天皇の時代に創建された由緒ある神社です。祭神は、寺家高座宮の主神高倉彦神(たかくらひこのかみ)と山伏山山頂の奥宮に祀られている美穂須須美命(みほすすみのみこと)です。須須神社の宝物殿には、国指定重要文化財の木造男神像や、数々の古文書、義経ゆかりの品々が収蔵されています。中でも「蝉折の笛」は義経が海難を救われたお礼として奉納した宝物の一つです。


ラポルトすず

平成18年7月に開館した「ラポルトすず」は、音響が良く舞台の見やすいホールとして、様々なジャンルの音楽や演劇、映画た講演会など多彩な催しが行われています。芝生の上に雲がかかったようなデザインのロビーにはカフェがあり、屋内広場のようにいつも開放されていて、時にはロビーコンサートも開かれます。ロビーの一角にある「音ミュージアム」では、竹でできた笛を世界中から集めて展示しています。


叩き堂祭り

毎年娘を猿神にそなえなければならなかったが、ある時犬を連れた修験者が、猿神を退治したという伝説に基づいて行われている。
当主が赤タブを振りかざしながら座を一巡、奥殿に向かって突進し、ローソクを立ててお参りをします。この時、参詣人が一斉にバイで床板を叩き歓声をあげる所作から祭りの名がついています。
毎年1月6日に片岩町の白山神社で行われていましたが、過疎により継続が困難なため現在は中断されています。


珠洲焼資料館

平安末期から室町にかけて製造されていましたが、戦国の世になると忽然と姿を消してしまいました。昭和53年に復興され、多くの専門家が”謎の古陶”として注目する珍しい焼き物です。珠洲焼資料館には、貴重な資料や作品の数々が展示されています。


春日神社

春日神社は市役所そばの春日山麓にあり、大国主命ほか八神が祀られている古社です。平安時代の康治年間に若山荘が設置されたとき、荘園の鎮守神として創建され若山神社と称しました。弘長元年、春日神社の神官である葛原伊勢守秀行が、大和の春日神社の分霊を拝受し、今の地に合祀しました。
境内には樹齢700年をこえる老杉が生茂り、拝殿に進む石段の右手には大伴家持が能登巡国の折、歌った万葉歌碑があります。


平時忠卿及び其の一族の墳

壇ノ浦の戦いに敗れ、珠洲の大谷に流されたとされる平時忠。時忠は、大谷で生涯を閉じたとされており、その地には一族のものと伝えられる五輪の塔群などの墳があります。


あえのこと

「あえのこと」とは能登一帯に伝わる田の神の伝統行事です。
田の神様を自宅に招き、豊作の感謝と願いをこめます。奥能登のあえのことは、国の重要無形文化財に指定され、古式と厳格さをとどめ、きわめて貴重とされています。平成21年9月には、県内最初のユネスコ無形文化遺産に選定されました。
「アエ」は田の神を供応する「饗」、「コト」はハレの行事を意味する「事」で、「饗の事」と考えられています。


翠雲寺(旧高勝寺)

天台宗高勝寺は古くから須須神社の宮寺として栄えた寺でした。宮寺とは神と仏は同体であるとういう思想で建てられた寺院のことです。能登地方屈指の大寺院として栄えましたが、明治2年神仏分離のため衰退し廃寺となりました。その後、金沢から天台宗翠雲寺が移転し旧堂を使用しました。明治17年の火災でほとんどが焼失していましたが、仏像は難を逃れ、木造弥勒菩薩や木造阿弥陀仏、木造延命地蔵は数少ない高勝寺の遺産です。


真言宗古刹・吼木山法住寺は鎌倉時代初期に若山荘の領家であった日野資実によって祈祷所と定められてから、重要な位置を占めていました。
また、仁王門には憤怒形の見事な金剛力士像が立っています。平成7年の解体修理の際に、阿形・吽形両像の胎内から納入品が見つかり、享徳2年に京仏師の院勝・院超によって象像されたことが明らかとなりました。


白山神社本殿

三間社流造の本殿は、法住寺の鎮守として室町時代末期に創建されました。再三の修理で、部材のほとんどが取り替えられていますが、古式な部分はよく残され、国指定の重要文化財となっています。昭和47年に、解体修理を行い、瓦葺きから銅版葺きとなりました。


能登さいはて資料館

狼煙の民具や、伊能忠敬測量隊の加賀能登測量のこと、禄剛埼灯台や灯台守のことなどがわかる狼煙町の歴史資料館です。

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